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アッシュ
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あ、先生。ちょうどよかった。
いつかの泥棒さんの話、しましたっけ?
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アッシュ
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ほら、街で出くわしたじゃないですか。
露店から本を盗んでいった、あの人です。
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アッシュ
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あの後、僕は泥棒さんを追いかけて、
無事に捕まえたんですけど……。
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アッシュ
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あっ、ちゃんと捕まえましたよ。
僕、足の速さには自信がありますからね!
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アッシュ
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……だけど、
お金は貰わないことにしました。
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アッシュ
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……はい。払ってもらわなかったって
言ったほうが、正しいかもしれませんね。
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アッシュ
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あはは、だから実を言うとあの後しばらく、
お金がなくて大変だったんですよ。
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アッシュ
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……僕、あの人を捕まえて、
どうして本を盗んだのか尋ねたんです。
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アッシュ
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高く売れそうだったから、って……
まとまったお金が欲しかったみたいです。
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アッシュ
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子供が病気になったみたいで、
その薬代にしようと思ったらしくて。
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アッシュ
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もし本当に病気の子供がいたのなら、
取り返しのつかないことになっちゃうから。
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アッシュ
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人の命に比べたら、安いものですよ。
……それに。
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アッシュ
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実を言うと、僕も昔、
あの人と同じことをしていたので。
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アッシュ
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はい。……と言っても、
もう何年も前の話ですけどね。
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アッシュ
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僕の親は病気で死んで、だけど弟や妹を
食べさせてやらなきゃいけなくて……。
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アッシュ
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頑張って頑張って働いたんですけど、
稼げるお金なんてほんのちょっとだけで。
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アッシュ
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それで……盗んだんです。
街を歩く人から、兵士から、お店から。
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アッシュ
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弟たちの喜ぶ顔を見たら、僕も嬉しくて。
何度も何度も繰り返して……。
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アッシュ
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本当に後悔してます。
今考えたら、本当に馬鹿だったなあって。
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アッシュ
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で……僕が9つになった頃だったかな。
領主様の屋敷に、盗みに入ったんですよ。
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アッシュ
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貴重そうなものはたくさんあったけど、
目についたのは高そうな装丁の本でした。
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アッシュ
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それが『ルーグと風の乙女』です。挿絵の
騎士がかっこよくて、目が離せなくて……。
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アッシュ
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あはは、もちろんそれもありますけど……
本って、すごく高価なものですから。
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アッシュ
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……で、本を盗んだ僕は、
案の定その領主様に捕まっちゃって。
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アッシュ
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その領主様っていうのが……
ロナート様でした。
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アッシュ
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けど、ロナート様ったらすごいんですよ。
何も聞かず、僕に本とお金をくれたんです。
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アッシュ
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字が読めないって言ったら、弟たちごと僕を
屋敷に招き入れて、読み方を教えてくれた。
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アッシュ
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その真似事じゃないですけど……
僕は、あの方みたいになりたいんです。
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アッシュ
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……僕が悪事を働いてきた分、
たくさん良いことをして埋め合わせたい。
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アッシュ
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だから、出費はちょっと痛かったけど、
あの泥棒さんのことは後悔してなくって……
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アッシュ
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先生……。
もちろん僕だって、わかってるんです。
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アッシュ
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僕が少しお金を払ってあげたくらいで、
あの人たちの暮らしが楽になる訳じゃない。
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アッシュ
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世界中の貧しい人たち全員を助けられるほど
お金があるわけもないし……。
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アッシュ
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だからって、何もしないでいるなんて……
やっぱり、僕にはできません。
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アッシュ
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先生、僕は……僕は、
どうすれば良かったんでしょうか?